過去作品サンプル


Rain,Rain,Rain

以前ご縁があってブログに寄稿させていただいた作品を掲載します。

「雨」がテーマの百合作品です。


彼女のことは、「れん」と呼んでいた。
本名かどうかなんて知らない。
私は本名で「七瀬」と呼ばれていた。
フルネームを名乗ったから。
インターネットでの出会いなんてそんなものだ。
仮想現実。
だからまさか会うことになった時は驚いた。
私たちはレズビアンのコミュニティに属していて、真性の人からなんちゃっての人まで幅広くいたけれど、私とれんはすぐに気が合った。
どちらもリバだし、ビアン寄りのバイ。
私はその時彼氏がいたけれど、れんと出会ってからは、彼女と会うのが楽しくて、彼氏に浮気を疑われた。
そして面倒になって別れた。
説明しても鬱陶しいだけだし、あんな男には到底理解出来ないと思ったから。
れんは結構遊んでいるようだったけれど、私と付き合うことになった時は、すべての関係をきちんと整理してくれた。
私のためにそこまでしてくれた人は、男女合わせても彼女だけだ。
そんな価値、私にはないのに。

あの頃私はとても雨女で、出かけると言うと必ず雨に見舞われた。
でもれんと出かける時は何故かいつも晴れで、雨が降ったとしても車デートの最中だったり、ただの夕立だったりといった程度だ。
れんは晴れ女だね、と言うと、七瀬のためなら星も降らせるよ、とさえ言ってくれた。
実際、一緒に流星群を見にも行った。
れんに腕枕をされて隣に寝そべって空を見上げながら、もうこのまま死んでもいいとさえ思った。
若かりし頃の話だ。
死を神聖なものだと勘違いできていた頃。
美しいものだと思い込んでいた頃。
実際、死は甘く美しいものだった。
それは突然やってきた。
れんと待ち合わせしていたビルの下にいると、上から何か降ってきた。
一瞬驚いて座り込んだものの、ゆっくりと目を開けるとそこにれんがいた。
まるでヒーローのように登場したわけではない。
頭が割れて脳漿と血が飛び、手足はあらぬ方向を向いていた。
うつぶせになっていた顔は見れなかった。
いつも持っていた、鋲打ちのウエストポーチから、私あての遺書を見つけたのはただの偶然ではないはずだ。

七瀬へ。
マジ愛してる。
アタシが死んだら七瀬のものになる。
生きててもなれたらよかったんだけどね。
ごめん。
死んでも愛してるよ。
By.ゾンビ←アハハッ

私は何も知らなかった。
れんが誰かにストーカーされていて、このままだと私にまで危害が及ぶと案じていたことなんて。
私が待ち合わせ場所にいたとき、そのストーカーが私を狙っていたなんて。
そこへれんが飛び込んできたなんて。
全部警察からきいたことだ。
待ち合わせ相手で、事故の現場を目撃したのだから、事情をきかれても仕方ない。
警察の「彼女との関係は?」という野暮な質問に、私は臆することなく「恋人です」と答えた。
さすが警察なだけあって、表情にはほとんど感情を表さなかったが、目だけは私を変人扱いしていることがわかった。
けれどそんなこと知った事ではない。
案外親切に事の事情を離してくれた警官の一人は、以前からストーカー被害でれんから相談を受けていたという人だった。
そして私は別の部屋に連れていかれ、マジックミラー越しに、醜い女が尋問されているところを見た。
醜い。
れんを意識してか、パンキッシュなファッションをしているが、ジーパンの裂け目から肉がはみ出るんじゃないかというくらい太っていたし、髪の毛はれんと同じ赤で、でも手入れが行き届いていなくてゴワゴワだった。
彼女を知っているか、と警官に聞かれたけれど、私は見たこともなかった。
あんな相手がれんや私のことをまるで自分の事のように知っているなんて気持ち悪い。
死ねばいいのに。
ああ気持ち悪い。
その時の私の中では、れんはまだ生きていた。
救急車で病院に運ばれて、必死の治療を受けているはずだった。
呼吸と脈拍のないのを確認して、クリーニングされて地下の暗い霊安室にいるなんて思いもしなかった。

病院へ行った。
れんは…と聞こうとして、はじめてれんの本名を知らないことに驚いた。
あんなに何度も呼んだ名前が、もはやれんがいない今、誰にも通じないなんて。
仕方なく受付で、さっき救急車で…と言ったら、哀れみを帯びた表情で地下まで連れて行ってくれた。
なんで地下なの?
ICUとかって地下なの?
地下にも病室があるの?
いくつもの「?」は、ひとつの扉を開けてすぐに払拭された。

ああ、れんは死んだ。

顔に白い布が被せられていて、脇に線香とロウソクが灯してあった。
白い布をどけると、白く美しかったれんの顔が、腫れて裂けて歪んでいた。
でも、それは間違いなくれんだった。
「ご家族の方に連絡を…」と誰かに言われたが、れんの本名さえ知らない私が、家族の連絡先なんてわかるはずもない。
わかりません、と言うと、そうですか、と言ってその人はいなくなった。
仄暗い地下の肌寒い一つの部屋に、私とれんは二人きりだった。
「れん…」
初めてその日声に出してれんの名を呼んだ気がする。
うん、すぐそばに行くからね。
私はれんにかけられた白いシーツの端を破り取り、それを何本か作って綱のようなものを作った。
これで首が吊れる。

だからこの小説は私の遺書だ。
れんは私のすべてだった。
私のすべてはれんだった。
彼女がいなくなった今、私の存在理由はない。
だからここで終わりにする。
外は雨だろうか。
れんが死んだときは晴れだった。
だから私が死ぬときはきっと雨だろう。

さよなら。

大宮七瀬。



                                     <了>